ペットがつけた傷の原状回復
最近のペットブームの高まりを受けて、ペット可の賃貸の物件が増えてきました。これはペットを飼いたい方には嬉しいことですが、その反面でペットがつけたキズや汚れはどうするのかと不安に思う方も多いと思います。今回は、このようなペットを飼っている賃借人の方の原状回復義務について、お話をします。
原状回復義務とは、賃貸人が借りていた物件を明け渡す際、賃借人が自ら設置した物を取り除いて元通りにして返還する義務のことを言います。アパートなどの賃貸借契約では、ほとんどの契約書で賃借人の義務として明記されています。ただし、ここでいう「原状回復」とは、国土交通省住宅局が定めたガイドラインによれば、借りた当時の元の状態に戻すことではなく、「賃借人の故意や過失といった通常の使用方法をはるかに超える酷い使い方による損耗等を復旧すること」を言います。つまり、通常の使用による消耗の場合には、賃借人は原状回復義務を負うことはないということです。裁判例においても、このガイドラインと同様の考え方がとられています(最高裁平成17年12月16日判決等)。
ペット飼育による一般的に生ずる破損・汚損については、その物件が契約上ペットの飼育を許可していたか否かによって、扱いが変わってくると考えられます。ペットの飼育を禁止している物件の場合、ペットによってつけられたキズ・汚れは通常の使用による消耗とは言えず、原状回復費用は賃借人の負担となります。これに対し、ペットの飼育が可能な物件の場合、ペットを飼うことにより通常生じるであろうキズや汚れは「通常損耗」と言えるので、ペット飼育による費用負担に関する特段の定めがない限り、原状回復費用は賃貸人の負担となると考えられます。
では、この「ペット飼育による費用負担に関する特段の定め」とは、どのようなものが考えられるでしょうか。
裁判例では、退去時の「ペット消毒特約」について定めた事例において、「『ペット消毒については賃借人の負担でこれを行うものとする。尚、この場合専門業者へ依頼するものとする。』との合意は、ペット飼育した場合には、臭いの付着や毛の残存、衛生の問題等があるので、その消毒のために上記のような特約をすることは合理的であり、有効である」として、ペット消毒のための「クリーニング費用」(5万円)を原状回復費として認めた事例があります(東京簡裁平成14年9月27日判決)。また、退去時の美装工事の借主の費用分担を定めた事例では、「ペット飼育については、多くのマンション等共同住宅においては未だ一般的ではなく、建物の毀損や臭いの付着、毛の残存、蚤等衛生上の問題が発生してペット飼育特有の問題が生じるため、飼育者である賃借人に一定の負担をさせることについては合理性がある」としたうえで、猫の飼育による室内の脱臭処理費(2万5000円)が原状回復費用として認められています(京都簡裁平成16年7月1日判決)。
ただし、特約があれば直ちに賃借人が原状回復費用を負担するわけではありません。このような特約が認められるためには、少なくとも、賃借人が補修費用を負担することになる通常損耗の範囲が賃貸借契約書の条項自体に具体的に明記されていることなど、特約が明確に合意されていることが必要となります(最高裁平成17年12月16日判決)。また、著しく賃借人に不利な特約の場合には無効になります(消費者契約法10条)。
結局、ペット飼育が許可された物件で、どの程度賃借人が原状回復義務を負担するかは、契約で原状回復に関しどのような特約が定められているかによります。ペットを飼われている方で、契約書に書かれている原状回復特約は納得できない、大家さんから言われた原状回復費用に納得できないなどお困りの方は、一度ご相談されることをお勧めします。