相続法の改正 配偶者居住権について

相続法の改正 配偶者居住権について

1 はじめに

今回は、相続法改正によって新設された「配偶者居住権」についてお話したいと思います。

配偶者居住権とは、例えば、亡くなった夫名義の建物に、妻が夫の生前から居住していた場合に、夫が亡くなった後も、妻はその建物に無償で居住することができる権利のことです。

このコラムでは、配偶者居住権はどのような権利なのか、どのような場合に成立するのかについてお話したいと思います。

2 配偶者居住権の概要

(1)配偶者居住権とは

「配偶者居住権」は、民法上、「被相続人の財産に属した建物の全部について無償で使用及び収益をする権利」と定められています。

少し難しい言い回しですが、噛み砕いて説明すると、亡くなった夫(または妻)の所有していた建物について、その妻(または夫)は、夫(または妻)が亡くなった後、その建物に無償で住み続けることができる権利ということになります。

そして、配偶者居住権の存続期間は、原則として、残された配偶者が亡くなるまでです。

(2)配偶者居住権が新設された理由

相続法改正前であれば、夫(又は妻)が亡くなった後に、その人が所有していた建物に居住するためには、残された配偶者がその建物を取得するか、または、別の人に取得させて、残された配偶者に対してその建物を賃貸するという方法がとられていました。

しかし、残された配偶者が建物を取得するという方法は、めぼしい遺産が建物以外に存在しない場合に、残された配偶者が代償金を支払うことができず、結局、配偶者が建物を取得することができないという不都合が指摘されていました。

また、他の相続人が建物を取得するとされた場合も、そもそも、その相続人が賃貸を承諾しない限り、配偶者が建物を使用することはできないわけですから、配偶者の住居を確保するという点からは、万全とはいえませんでした。

そこで、改正後の民法では、①遺産分割協議による話し合いで配偶者居住権を設定できることを定めるだけでなく、②亡くなった夫(または妻)の遺言によって、配偶者居住権だけを残された配偶者に相続させることができることも定め、それだけにとどまらず、③遺言もなく、建物を取得する相続人が配偶者居住権を設定することに同意していない場合に、家庭裁判所の審判によって、配偶者居住権を設定することができることも認められることとされました。

特に、上記②および③の場面で、建物取得者の承諾なく、建物を無償で使用できる権利である配偶者居住権を設定することができるとされた点が、今回の改正の大きなポイントです。

3 成立要件

(1)どのような場合に成立するのか

次に、配偶者居住権がどのような場合に成立するかについて、もう少し詳しくご説明したいと思います。

まず、大前提として、残された配偶者が、亡くなった夫(または妻)が死亡した時点で、その夫(または妻)が所有する建物に居住していることが必要です。

配偶者居住権は、あくまで残された配偶者の住居を確保することを目的としていますから、自ら居住していない建物に配偶者居住権が成立することはありません。

しかし、亡くなった配偶者と同居していたことは、必ずしも要求されていないことには注意が必要です。

そして、当然のことですが、残された配偶者が、建物を取得しないことも必要です。自ら建物を取得する場合は、その建物に居住できることは当然ですから、わざわざ、建物を使用する権利である配偶者居住権を設ける必要はありません。

(2)配偶者居住権が成立する場面

では、ここから、配偶者居住権が成立する3つの場面をご紹介しましょう。

(a)遺産分割協議で設定する場合

1つめは、遺産分割協議で配偶者居住権を設定する場合です。

「遺産分割協議」とは、相続人全員で、亡くなった人の財産を、どのように分配するか話し合う手続のことです。

この遺産分割協議の中で、例えば、亡くなった人の長男が建物を取得し、配偶者に配偶者居住権を設定することが合意された場合は、配偶者居住権が成立することになります。

遺産分割協議は、相続人全員の合意が必要となりますから、先ほどの例でいうと、建物取得者である長男が、自ら取得する建物に配偶者居住権を設定することに同意しているわけですから、配偶者居住権が成立するのは、いわば、当然といえます。

(b)遺言で設定する場合

2つめは、遺言で、配偶者居住権を設定する場合です。遺言とは、亡くなった人が、生前に、自分の財産を、誰にどのように配分するか書き留めた書面です。

遺言は、亡くなった人が、ひとりで作成することができます(むしろ、遺言は、ひとりで作成することが必要です)。

例えば、亡くなった人が、遺言で、建物自体は長男に取得させるとしつつも、その建物の配偶者居住権を、妻(または夫)に取得させるとした場合、配偶者居住権が成立します。

この場合、建物取得者である長男の承諾がないままに、配偶者居住権が成立することに注意が必要です。

(c)家庭裁判所の審判により成立する場合

3つめは、遺言もなく、かつ、配偶者居住権を設定するかどうかについて相続人間で話し合いがまとまらない場合に、家庭裁判所の審判により、配偶者居住権が成立する場合です。

この場合も、建物を取得する相続人の同意なく、配偶者居住権が成立することに注意が必要です。

しかし、どんな場面でも、配偶者居住権が成立するわけではありません。

成立する要件の1つめは、㋐配偶者が家庭裁判所に対して配偶者居住権の取得を希望する旨を申し出ることです。

この要件が設けられたのは、配偶者居住権の成立を希望していない場合にまで、配偶者居住権を成立させる必要はないからです。

2つめは、配偶者居住権の成立によって建物取得者の受ける不利益を考慮してもなお配偶者の生活を維持するために特に必要があることです。

どのような場合にこの要件が充足されるのかは、これからの事例の積重ねが必要になりますが、「配偶者の生活を維持するために特に必要がある」との要件は、配偶者が、長年にわたってその建物で生活してきただけでは、充足されないと思われます。

というのも、現代社会では、居住するためだけであれば、特に建物自体にこだわる必要はありませんから、長年にわたって生活の基盤となってきたとの事実だけでは、「配偶者の生活を維持するために特に必要がある」とは認めづらいと思われます。

建物自体の特性や、その特性が、残された配偶者の生活にとって必要不可欠であるなど、建物が「特に必要である」ことについて、かなり詳細に説明しなければならないと思われます。

4 短期配偶者居住権

(1)短期配偶者居住権とは

最後に、短期配偶者居住権について説明します。上記3でお話した配偶者居住権は、「長期」配偶者居住権とも呼ばれており、残された配偶者が亡くなるまでの住居を確保することを目的としていました。

しかし、短期配偶者居住権は、残された配偶者が亡くなるまでの住居を確保するものではありません。

短期配偶者居住権は、遺産分割によって、建物取得者が最終的に決まるまでの間、残された配偶者が、それまで住んでいた建物に住み続けることができる権利のことです。

したがって、いわば、暫定的な権利といえます。

(2)遺産分割後の短期配偶者居住権

当然のことですが、遺産分割によって、最終的に、長期配偶者居住権が成立することが確定した場合は、短期配偶者居住権は消滅し、その後は、長期配偶者居住権によって、残された配偶者は、その建物に住み続けることになります。

残された配偶者が建物を取得した場合に、短期配偶者居住権が消滅するのは、長期配偶者居住権と同様です。

残念ながら、遺産分割によって残された配偶者が建物を取得することができず、かつ、長期配偶者居住権も成立しなかった場合は、遺産分割の成立と同時に短期配偶者居住権も消滅し、残された配偶者は、建物から退去しなければなりません。

しかし、この場合も、亡くなった人の死亡日から6か月間は、遺産分割が成立しても、短期配偶者居住権が存続することには注意が必要です。

5 まとめ

今回の改正では、残された配偶者の住居を確保する方法が拡充されました。しかしながら、必ずしも、残された配偶者が、それまでの建物で生活できるわけではありません。ケースバイケースの判断が必要となることも多いですから、お悩みの方は、お近くの弁護士にご相談ください。