会社法における分配可能額規制(財源規制)
1 分配可能額規制の趣旨
今回は、分配可能額と分配可能額に関する会社法上の規制についてお話したいと思います。
そもそも、株式会社は、会社が営む事業によって作り出した利益を株主に配分することを最大の目的としています。とはいえ、会社の利益が無制限に株主に配分されてしまうと、会社に財産が残らなくなってしまいますから、会社の債権者(会社に貸付けを行う銀行や会社の仕入れ先)は、支払いを受けることができなくなってしまいます(株主は有限責任を負うだけですから、会社が負った債務を返済する必要もないため、債権者は、株主に支払いを求めることもできません)。
そうすると、株式会社と取引をする人はだれもいなくなってしまうでしょう。そこで、会社の利益を株主に配分するという仕組みを残しつつ、債権者への支払いを確保するという制度設計が必要になります。このような考え方のもと、会社法においては、債権者への支払いを確保できるだけの財産を残して初めて、株主へ利益を配分することができるものとされています。
この「債権者への支払いを確保できるだけの財産」の額が、「分配可能額」にあたるのです。
このコラムでは、分配可能額の具体的な金額はどのように算定されるのか、そして、株主への配分を行った後に、その配分が分配可能額を超えていた場合に、その配分の効力はどうなるのかについて、お話ししたいと思います。
2 分配可能額の算定方法
さきほど、「債権者への支払いを確保できるだけの財産の額」が分配可能額であるとお話しました。この額を導くときに必要なのが貸借対照表です(貸借対照表は、会社の決算報告書に添付されています)。貸借対照表には、大きく分けて、資産の部(左側)、負債の部(右側上部)及び純資産の部(右側下部)という3つの部があるのですが、このうち、見るべき箇所は、純資産の部です。純資産の部には、会社の全資産(預金や不動産など)から、負債を差し引いた残りの金額が書かれています。純資産がプラスであれば、その会社は、負債を全て返済しても財産が残るということです。逆に、純資産がマイナスの場合、その会社は、財産全てを現金化しても、負債を返済できないということです(このような状況を、「債務超過」といいます)。
先ほど、分配可能額とは、「債権者への支払いを確保できるだけの財産の額」と説明しましたが、この説明を前提とすると、純資産がプラスの場合には、債権者への支払いを全額確保できるので、純資産のプラス額だけ、株主に配分できることになり、結果として、純資産のプラス額全額が、分配可能額にあたりそうです。
しかし、そのようには考えられていません。
そもそも、純資産の部には、「資本金」、「資本準備金」、「その他資本剰余金」、「利益準備金」、「その他利益剰余金」という5つの項目があるのですが、結論からいうと、分配可能額とは、「その他資本剰余金」と「その他利益剰余金」を合わせた金額です(細かな調整はありますが、基本的な考え方はこのように言ってよいでしょう)。
結局、法律では、純資産がプラスであれば株主に配分してよいと考えられているのではなく、純資産が、「資本金」・「資本準備金」・「利益準備金」を合わせた金額を超えている場合に、その超えている金額分だけ(つまり、「その他資本剰余金」と「その他利益剰余金」を合わせた金額分だけ)株主に配分できると考えられているのです。
これは、純資産がプラスであるからといって、債権者への支払いを全額確保することができるとは限らないからです。
というのも、会計帳簿上、会社資産の金額は、原則として取得価格を記載することとされているため、実際に現金化した場合に、帳簿上の金額で現金化できるとは限らないのです。そのため、純資産のプラス額を分配可能額とするのではなく、債権者への支払いを十分に確保するという観点から、純資産が、「資本金」・「資本準備金」・「利益準備金」を超えている場合に限り、株主への配分ができることとしたのです。
このように、株式会社は、「その他資本剰余金」・「その他利益剰余金」を合わせた金額分だけ、株主に配分することが許されています。
ここで大事なのは、「分配可能額」とは、会社が株主に配分できる金額の最大値を限定するものだということです。
したがって、会社の取締役は、分配可能額の範囲で、株主へ配分する金額を自由に決定することができ、仮に株主への配分が分配可能額未満であったとしても、株主がその決定を覆すことはできません(むしろ、投資目的や財務危機に備える目的で、分配可能額全額を株主へ配分するのではなく、会社に財産を残す(内部留保を確保する)会社が多いと思われます)。
3 分配可能額を超えた株主への配分の効力
分配可能額を超えて株主が配分を受けた場合(典型的には、会社から配当金が支払われた場合)、株主は、その配分全額を会社に返還する必要があります。
ここでの注意点として、例えば、分配可能額1億円の会社で、誤って2億円分の配当が実施された場合、配当金の支払いを受けた株主は、配当金の半額を会社に返還するのでは足りず、配当金全額を会社に返還する必要があるということです。
しかも、この返還義務は、配当が分配可能額を超えていることを株主が知らなかった場合であっても、否定されません。
とはいえ、会社としては、いったん株主に配分したものを、後日全額返還せよとは請求しにくいとも考えられます。
そこで、株主が会社に対して全額返還しない場合に、会社債権者は、会社に対して有する債権額の範囲内で、株主に対し、その株主が返還すべき金額を、自己に直接支払うことを請求することができます。
また、株主への分配に関する職務を行った業務執行者や、分配の決議をする株主総会又は取締役会に議案を提案した取締役も、株主への配分全額を返還する義務を負います。加えて、議案を提案してはいないものの、議案に賛成した取締役も、同じように返還義務を負います。
例えば、分配可能額が1億円であるにもかかわらず、2億円の配当を実施してしまったという先ほどの例でいうと、その配当に関する職務を行った業務執行者や、この配当議案を株主総会又は取締役会に提案した取締役、そして、その取締役会で議案に賛成した取締役は、一個人で、2億円の支払義務を負うことになります。しかし、業務執行者や取締役が負うこれらの責任は、過失がなかったことを証明した場合には生じないこととされています。
4 まとめ
分配可能額規制は、株主が有限責任を負うにとどまるという株式会社の仕組みと会社債権者への支払い確保を調整する制度であり、理論的に重要な問題であるだけでなく、会社の生み出した利益のうちどの程度を株主に配分できるかという株主にとって最大の関心事を決定づけるもので、実際上の重要な論点でもあります。
この機会に、皆さんが株式を保有する会社の分配可能額を算定されてみてはいかがでしょうか。