取引行為の場合
会社の事業に属する一定の職務を行う権限を持っていた従業員が、その権限外の行為を行い、取引先に損害を与えたという場合、その行為は従業員の権限外の行為ですから、会社は使用者責任を負わないとも考えられます。
しかし、判例は、取引の外観を信頼した第三者を保護するため、従業員の職務そのものには属しないが、外観上職務の範囲内のように見える行為については、使用者責任を認めています(外形標準説)。ただし、第三者が、その従業員が職務権限外の行為をしていることを知っている場合、あるいは、知らないことについて重過失がある場合には、第三者を保護する必要がありませんので、会社の使用者責任を否定しています。
たとえば以下のような判例があります。
銀行の預金募集の業務に従事する銀行員が、成績を上げるため、権限がないのに定期預金契約を締結し、契約者が銀行に使用者責任を追及していた事件について、利息が極めて高く、銀行所定のものでない領収証が交付された等不審に思うべき点はあったが、契約者は銀行員の古くからの知人であり、数年前から銀行員を通じて銀行と取引をしていた等の事情があるため、銀行員の行為を職務権限内の適法な行為と信じたことについて重大な過失はないとして、銀行の使用者責任を認めた判例があります(最判昭47.3.31)。
楽器等を製造販売する会社の一営業社員が、権限なく卸小売会社とリベート契約を締結し、卸小売会社が製造販売会社に使用者責任を追及していた事件について、リベート契約締結が営業社員の職務の範囲内の行為に見えたとしても、卸小売会社は規模が大きく、業界についてよく知っていたのだから、リベート契約の内容が通常の価格から大きく外れていた以上、製造販売会社に確認をとるべきだったにも関わらずそれをしておらず、重大な過失があったとして、使用者責任を否定した判例もあります(東京地判平2.1.22)。