遺産分割協議・放棄と詐害行為
事例
(1)Aが亡くなり、相続人は、妻B、長男C、二男Dである。
(2)Aの遺産としては、
甲土地 2000万円相当
預貯金 400万円
合計2400万円
(3)遺言がなかったため、相続人B、C、Dの3名で遺産分割協議をするところになった。協議をしていたところ、長男Cは、Xから500万円借りていて、その返済が滞っていることが判明した。
そこで、長男Cに遺産を取得させると債権者Xから差押えされるおそれがあるため、長男Cは何も取得せず、妻Bと二男Dがすべての遺産を1/2ずつ取得するという内容で遺産分割協議を成立させ、甲土地の所有名義をB、Dに移転し、預貯金もすべて解約のうえB、Dが取得してしまった。
質問
このような場合、長男Cに貸金債権を有している債権者Xは、長男Cが本来有している法定相続分1/4に相当する600万円の遺産を取得すれば貸金債権の回収ができたはずなのに、Xが全く関与できない状態で相続人間だけでCに何も取得させないという協議が成立してしまった結果その債権を回収できないという事態に陥ってしまいます。このようなことが許されるのでしょうか。
回答
まず、法定相続分と異なる割合での遺産分割をした場合、これを債権者に対抗するためには対抗要件が必要でたということ前にご説明しました。事例の場合、Xが差押える前に、甲土地については既にB、Dに移転登記され、預貯金も既に解約されてしまっていますので、B、DはXに対抗することができ、その結果Xは甲土地や預貯金を差し押さえることができないことになります。
しかし、事例のように長男Cが負債を抱えていることを知り、債権者Xからの差押えを免れるという目的のために、Cに何も遺産を取得させないという内容の遺産分割協議を成立させることは余りにも不合理ではないかという疑問が生じます。
そこで、このような場合には、最高裁は、Xは、民法424条が定める「詐害行為取消権」に基づき上記遺産分割協議を取り消すことができると判断しております(最高裁平成11年6月11日判決)。この「詐害行為取消権」というのは、「債務者が債権者を害することを知って」法律行為をした場合、その行為によって利益を受けた者が債権者を害することを知っていたときは、その法律行為を取り消すことができるというものです。
たとえば、債権者からお金を借りている債務者が、債権者からの差押えを免れるためにその所有する不動産を自分の友人に贈与してしまったという場合、その友人において、債務者が借金を抱えており、しかもその不動産が債務者の唯一の財産でありその贈与を受けることによって債権者が債権を回収することができなくなることを知っていたときは、債権者は、その贈与行為を取り消して、その不動産を債務者に戻すことができるというものです。
事例の場合、相続人妻Bと二男Dは、長男CがXから500万円借りていてその返済が滞っていたことを知っており、長男Cに遺産を取得させるとXから差押えを受けることを避ける目的で、長男Cの取得分をゼロとする遺産分割協議を成立させたと考えられます。
したがって、債権者Xは詐害行為取消権を行使して遺産分割協議を取り消し、遺産分割協議がなかった状態に戻すことができることになります。その結果、Cは、遺産の1/4相当を取得することができることになりますので、債権者Xは甲土地の1/4を差し押えたり、預貯金の1/4についての払い戻し請求権を差押えすることができることになります。
なお、事例の場合で、長男Cが相続の「放棄」をした場合には(裁判所へ申述する必要があります)、長男Cは遺産を取得できず、その結果Cの債権者Xは甲土地や預貯金を差押えすることができなくなりますが、最高裁は、相続放棄は詐害行為には当たらないと判断しており(最高裁昭和49年9月20日判決)、遺産分割協議と放棄とで異なる判断和していますので、ご注意ください。